イントロダクション

  • 世界最強のハンバーガー帝国を創った男、レイ・クロック。 現マクドナルド・コーポレーションを設立し、マクドナルドのフランチャイズを展開して、世界最大のファーストフードチェーンを作り上げた立志伝中の人物として、多くの起業家たちからリスペクトされ、絶大な影響を与え続けている。そんなレイが成功の足がかりをつかんだのは、52歳のときだった。ずっと成功を夢見て諦めきれずにいたレイが、どのようにして50代で成功の階段を上り始め、10億ドル規模の巨大企業を築き上げることを可能にしていったのか?今、誰もが知っているマクドナルドの、誰も知らない誕生のウラが暴かれるー。
    1950年代に、カリフォルニア州南部ではバーガーショップを経営していたマック&ディック・マクドナルドと出会った、ミルクシェイクミキサーのセールスマン、レイ・クロック。思うようにいかない現実に苛立ちを感じていたレイが、革新的なスタイルを自ら考案して実践する兄弟との出会いによって、アメリカン・ドリームを成し遂げていく。その成功物語は、自伝「成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝―世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者」(プレジデント社)でも知られているが、本作ではマクドナルド兄弟の視点が取り入れられており、これまでに光が当たることのなかったダークな側面を浮き彫りにしている。
  • 手段を選ばず資本主義経済や競争社会の中でのし上がっていくレイと、兄弟の対立が決定的になる過程は、どこか後ろめたさを感じながらも、スリルと羨望、反発と共感といった相反する複雑な感情を観る者に沸き起こすに違いない。こうした葛藤がもたらす醍醐味は、フェイスブックの創設者マーク・ザッカーバーグを描いた『ソーシャル・ネットワーク』などにも通じるだろう。
    型破りな起業家レイ・クロック役を演じるのは、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)でアカデミー賞主演男優賞候補になったマイケル・キートン。中年にさしかかり、商売相手や銀行家に嘲笑されながらも、ギラギラとした野心を隠すことなく、同時に圧倒的な情熱をもってビジネスに取り組み、アクは強いが人々を魅了する複雑なレイを見事に体現している。そんなレイを献身的に支えながらも、常に不安そうな表情が印象的な妻エセル役を『わたしに会うまでの1600キロ』(14)でアカデミー賞候補になったローラ・ダーンが好演。古き良きアメリカを思わせる、職人気質で人の良さがにじむマクドナルド兄弟役には、『ロング・トレイル!』(15)のニック・オファーマン(弟・ディック役)と、『テッド2』(15)のジョン・キャロル・リンチ(兄・マック役)。そのほか、アメコミ大作『アクアマン(原題)』の公開が控えるパトリック・ウィルソン、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(15)のリンダ・カーデリーニら実力派が脇を固める。
  • 監督は、『しあわせの隠れ場所』(09)、『ウォルト・ディズニーの約束』(13)のジョン・リー・ハンコック。マクドナルド兄弟の子孫や家族からの信頼を得て、兄弟とレイの書簡や記録写真ほか多くの資料をもとに、『レスラー』(08)のロバート・シーゲルが書き上げたオリジナル脚本を映像化した。ハンコックのもとには、プロダクションデザイナーのマイケル・コレンブリス、衣装デザイナーのダニエル・オーランディなど『ウォルト・ディズニーの約束』のスタッフが集結し、本作でも50年代~60年代のファッションや音楽、初代マクドナルドの店舗の再現など、ファーストフードの歴史とも密接しているアメリカンカルチャーと時代の空気を伝えている。また、製作にはプロダクション会社コンバインを共同経営する、ドン・ハンドフィールドと俳優兼プロデューサーのジェレミー・レナーらが名を連ねる。
    レイ・クロック。この男がいなかったら、私たちは当たり前のようにハンバーガーを食べることはなかったかもしれないし、目にしている日本の景色も変わっていたかもしれない。映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』は、成功のためなら手段を選ばないひとりの男の飽くなき野望と挑戦を描き、私たちの野心と胃袋を刺激する物語だ。

ストーリー

  • 1954年アメリカ。52歳のレイ・クロックは、シェイクミキサーのセールスマンとして中西部を回っていた。ある日、ドライブインレストランから8台ものオーダーが入る。どんな店なのか興味を抱き向かうと、そこにはディック&マック兄弟が経営するハンバーガー店<マクドナルド>があった。合理的な流れ作業の“スピード・サービス・システム”や、コスト削減・高品質という
  • 革新的なコンセプトに勝機を見出したレイは、壮大なフランチャイズビジネスを思いつき、兄弟を説得し、契約を交わす。次々にフランチャイズ化を成功させていくが、利益を追求するレイと、兄弟との関係は急速に悪化。やがてレイは、自分だけのハンバーガー帝国を創るために、兄弟との全面対決へと突き進んでいくーー。

マクドナルドの“創業者”、レイ・クロックの劇的人生(前編)

世界No.1の外食チェーン“マクドナルド”。世界各地で光り輝く黄金のMサインは、人々に自由と幸福を運ぶアーチであり、人々が憧れるアメリカの象徴であった。そんな世界屈指のブランド マクドナルドは、ひとりの男のひらめきから始まった。52歳の中年男レイ・クロックの、ほとんど妄想としか思えないようなひらめきから。しかしレイにとってそれは決して根拠なきひらめきではなかったのだ。彼には確信があった。マクドナルドは必ず人々の生活の一部となり、社会の発展と共に歩むような存在になると…。

少年時代
レイ・クロック(Ray Kroc)は1902年にシカゴ郊外の町に生まれた。クロック家はチェコ系移民で、ボヘミアの血を誇りとする一家だった。そしてその血はレイ少年の人生に色濃く影響を与える。多くの人がもつボヘミア人のイメージ定住性に乏しく、異なった伝統や習慣を持ち、周囲からの蔑視をものともしない人々とは、まさにレイ・クロックそのものなのだから。自身の苦労から「せめて高校までは…」と願った父の思いも空しく、レイは学校に定住することができなかった。アメリカが第一次世界大戦に参戦すると、15歳だったレイは年齢を偽り軍に志願。負傷者搬送トラックの運転手として渡欧しようとする。しかし出航直前に終戦し、学校へ連れ戻されてしまった。しかし、レイはそんなことでは決してめげない。高校1年の時に友人と共同で出資し、町に楽器店をオープンさせる。目玉は彼のピアノ実演。クロックはピアノ教師だった母親ゆずりの名手だったのだ。楽器店経営が上手くいかず店を畳むと、セールス業に転身。訪問販売で目覚ましい実績をあげる。高校2年生にして父の収入を超えるほどの大金を稼ぎ出した。ここに彼は己の天職を知る。狙いを定め、周到な準備をし、懐に飛び込み、弁舌巧みに自分の論理に相手を誘導する…。世界に黄金のダブルアーチを架けた男レイ・クロックの誕生である。
二足の草鞋時代
紙コップのセールスマンとして働き出したレイは、夜もピアノマンとして精力的に活動した。ナイトクラブで演奏し、地元ラジオ局の人気音楽番組も担当する。演奏はさることながら、軽妙な会話でも人々を魅了した。ここでレイは、客のリクエストに対して臨機応変に対応し、相手が期待していた以上のものを返すというサービスの極意を身に着ける。紙コップのオフシーズンとなる冬は、南国フロリダへ出稼ぎに行った。禁酒法の目をかいくぐり密かに酒を提供するもぐりのナイトクラブで演奏していた時も、レイはマクドナルドのアイデアの元を得ている。
そのクラブでは、あらゆる種類の酒が均一の値段で売られていた。そしてフードメニューも3種類のみ。今でいうワンコインバーだ。レイはその簡素化されたシステムに感心する(当局のガサ入れ対策のためのシステムだったのだが…)。のちに外食チェーンマクドナルドを創業し、同社の最大のモットーとして掲げた“愚直なほど簡潔に”(Keep it simple, stupid.)の原点は、こんなところにも隠されていた。どんなものでも素晴らしいと感じたことからは素直に学ぶ。天性の商売人レイ・クロックは、こうして飽くなき成長を続けていく。ちなみにこのフロリダ時代では、最後にガサ入れで留置所送りになってしまうというおまけ付きであった。
マルチミキサーセールスマン時代、そしてマクドナルドとの出会い
シカゴに戻ったレイは、紙コップのセールスマンとして地位を確立する。アメリカ社会を襲った大恐慌の混乱も乗り切った。生活も安定し豊かになり、他者からは成功者として見られる存在となる。だがレイ・クロックはそこに満足することはなかった。レイが次に情熱を傾けたのは、マルチミキサーだった。最高のミルクシェイクが同時にいくつも作れる最新式のミキサーだ。マルチミキサーの可能性を信じたレイは、自ら会社を立ち上げ、セールス活動に没頭する。重いミキサーを抱え、来る日も来る日も営業に駆け回る。電話があれば、どこへでも駆け付けた。肉体的にも精神的にも過酷な日々は、レイの体を容赦なく蝕んでいく。マクドナルドとの運命の出会いの日までに、彼は糖尿病と関節炎で胆嚢を全摘出し、甲状腺の大半を失っていた。まさに満身創痍。戦場なら負傷兵として後方へ搬送されてしまうだろう。しかしレイは前線に立ち続けた。飽くなき好奇心と信念を抱いて。
そして1954年、運命の瞬間を迎える。